外国人の影響を多大に受けた名古屋グランパス
名古屋グランパスは外国人選手、そして指導者に大きな影響を受けた名門チームと言えます。前身はトヨタ自動車のサッカー部だったグランパスはJリーグ加入の目玉としてリネカーを獲得します。
リネカーはイングランド代表としてワールドカップの得点王に輝いた選手であり、当時、Jリーグのチームに在籍した外国人選手の中でも特に大物と言えました。リネカーの存在で脚光を浴びたグランパスですが、チームを躍進させたのはリネカーではなくストイコビッチでした。
ピクシーというニックネームで呼ばれており、ワールドカップでも活躍したストイコビッチですが、日本での知名度はリネカーに劣っていました。
しかし、後にイングランドの名門、アーセナルで指揮を執ることになるベンゲルが監督に就任後、ストイコビッチを軸にしたチームを作り、ストイコビッチも期待に応えてチームは天皇杯を獲得するなど躍進を遂げます。
ベンゲルが去った後、チームは中位からなかなか抜け出せませんでしたが、グランパスで現役を引退したストイコビッチが監督として戻ってきて、2010年に悲願のリーグ制覇を果たしました。豊富な資金力を武器に、常に代表クラスの選手を揃えているチームです。