サッカー

若きMFから世界の名選手になった稲本潤一

稲本潤一は若い頃から将来を嘱望されていた選手です。ボールダッシュ力に長けた大型ボランチとして、ガンバ大阪から17歳という若さでJリーグデビューを果たしました。

ユース代表では中田英寿、小野伸二などと中盤を組んでプレイし、2001年にはイングランドプレミアリーグのアーセナルに移籍。アーセナルの監督は名古屋グランパスを指揮していたベンゲルで、彼に才能を認められた形でした。

そして、稲本を名選手の域に高めたのが、2002年の日韓ワールドカップです。まず、初戦のベルギー戦では一時、逆転となるゴールを決めて、二戦目のロシア戦では決勝点となる値千金のゴールを記録。世界から注目される選手になりました。

その後は、アーセナルからフラムに移籍し、更に出場機会を求めてドイツのブンデスリーガやトルコリーグ、フランスのリーグアンなどヨーロッパ各国を渡り歩き、2010年に川崎フロンターレに移籍して、久々にJリーグ復帰を果たしました。

川崎ではボランチだけではなくディフェンダーもつとめてプレイの幅を広げ、2015年のシーズンからJ2のコンサドーレ札幌に移籍。日本代表で共に世界と戦った小野伸二と共にチームを引っ張っています。